相続税と所得税の二重課税

所得税法は,人の担税力を増加させる経済的利得はすべて所得を構成するという「包括的所得概念」を採用しています。したがって,相続人,受遺者又は受贈者が相続,遺贈又は個人からの贈与により取得した財産の価額に相当する経済的価値は,本来,当該相続人等の所得として所得税の課税対象となるべきものでありますが,他方で,その価額は,相続税法の規定により,相続税又は贈与税の課税対象ともなります。

最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁は,このような所得に対しては所得税を課さないこととすることで,同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除することが所得税法9条1項15号の趣旨であるとしました。

そして,本件のように有期定期金債権に当たる年金受給権を相続により取得したものとみなされる場合,その価額に相当する経済的価値といっても,年金の総額を超えてこれとは別に存在するものではないため,相続税法24条1項1号所定の年金受給権価額に相続税を課し,他方で,年金の総額に所得税を課した場合には,年金受給権価額相当の利得について相続税と所得税との二重課税が起きていると考えられます。そこで,本判決は,このような二重課税は所得税法9条1項15号によって排除されるべきものと解しました。

したがって,このような考え方によれば,本件の年金総額2300万円のうち年金受給権価額に相当する1380万円の収入に対しては所得税を課すことができないこととなりますが,この1380万円の非課税部分を,10回の各年金にどのように割り付けるかが問題となります。

本判決は,相続税法24条1項1号の解釈として,この1380万円を各年金支給額の被相続人死亡時の現価の合計額であると解し,第1回目の年金である本件年金の場合は,支給額230万円の全部が1380万円の一部を構成する現価そのものであるとして,これに所得税を課すことはできないとしたものであります。

第2回目以降の年金については,本判決の判断事項ではないため,明示的な説示はされていません。ただし,本件のように第0年目から第9年目までの各支給額がそれぞれ230万円である年金の第0年目における現価の総額が1380万円となるような割引率は,複利で計算すると年13.7%となるので,この割引率を適用すると,第2回目(第1年目)の年金の現価は202万3000円,第3回目の年金の現価は177万9000円,第10回目の年金の現価は72万4000円(いずれも概数)などとなって,これらの合計額に第1回目(第0年目)の年金の現価230万円を加えると,1380万円となります。これらの各現価の金額をそれぞれの支給額から差し引いた金額が,各回の年金の所得税対象額となるものと考えられます。

本判決は,この所得税対象額を,各現価を元本とした場合の運用益に相当するものと解しています。このような理解によれば,保険金を一時金で受け取ったときに当該一時金の利得に対しては所得税が課せられず,その後これを運用したときにその運用益に対して所得税が課せられることになることとの課税上の均衡を図ることができるものといえます。