訴えの提起と信義則(最二小判令和3.4.16裁判所HP)

相続人YがAの遺産について相続分を有することを前提とする前訴判決が他の相続人Xとの間で確定するなどしていた場合において、Xが自己に遺産全部を相続させる旨のAの遺言の有効確認をYに対して求める訴えを提起することが信義則に反するとはいえないとされた事例である。その理由としては、①前訴の判決においては、本件遺言の有効性について判断されることはなかった。②また、本件訴えで確認の対象とされている本件遺言の有効性はAの遺産をめぐる法律関係全体に関わるものであるのに対し、前件本訴ではAの遺産の一部が問題とされたにすぎないから、本件訴えは、前件本訴とは訴訟によって実現される利益を異にするものである。③そして、前訴では、受訴裁判所によって前件本訴に係る請求についての抗弁等として取り上げられることはなかったものの、Xは、本件遺言が有効であると主張していたのであり、前件反訴に関しては本件遺言が無効であることを前提とする前件本訴に対応して提起したにすぎない旨述べていた。最高裁は、これらの事情に照らし、Yにおいて、自らがAの遺産について相続分を有することが前訴で決着したと信頼し、又は、Xにより今後本件遺言が有効であると主張されることはないであろうと信頼したとしても、「これらの信頼は合理的なものであるとはいえない。」とした。ポイントは「Xは本件訴えによって特別の利益を得ることになるのか」である。これが肯定されるのであれば、Xの訴えは信義則違反に傾く。しかし、前訴において、Xは、Yに対し、YがAの立替金債務を法定相続分の割合により相続したと主張し、その支払を求めて前件反訴を提起したが、Xによる立替払の事実が認められないとして請求を棄却する判決がされ、前件反訴によって利益を得ていな。よってそもそも、本件訴えにおいて本件遺言が有効であることの確認がされたとしても、Xが前件反訴の結果と矛盾する利益を得ることになるとはいえないのである。もっとも、原審(大阪高裁)は信義則違反を認めており、前訴に時間をかけて争った当事者の認識(特にY)からすれば、信義則違反を認めても違和感はなく、事案として極めて微妙な判断である。この事案における実践的示唆は、Yは前訴において、遺言の有効性についての訴訟物(遺言無効確認請求等)を設定しておくべきであったということであろう。