遺留分対立と税理士の善管注意義務

 税理士の相続税業務においては、難しい判断をしなければならない場合があります。例えば、次のようなケースはよくある事例です。

設例

① 税理士がある相続に係る相続税申告業務につき、相続人の一部からの税務代理権限は与えられていたものの、その余の相続人からの税務代理権限は有していない。

② 被相続人の全財産をAが相続する旨の遺言がある。

③ 税務代理権限を授権されていない者から遺留分侵害額請求がされている。

④ 相続税申告期限が切迫しつつある状況にある。

⑤ 相続財産中には小規模宅地等の特例の適用対象となり得る不動産が含まれている。

税理士の対応

 このようなケースでは担当税理士はどのような対応をとることが考えられるでしょうか。

❶ まず小規模宅地等の特例を適用することなく法定相続分に従った共同相続として申告を行い、同時に「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出することにより、後日の更正請求を可能にしておく方法があります。

❷ 次に、遺留分減殺請求を考慮することなく遺言により全財産を相続したものとして申告し、小規模宅地等の特例を適用した上で、遺留分減殺が解決した後に更正請求をする方法があります。

 
税務申告のリスクと税理士の善管注意義務

 ❶❷のうち、いずれが適当かは事案によることになります。❷を薦める見解もありますが、❷の方法でも遺留分に関する問題の解決後には更正請求を経ることが想定されているため、❷が原則とまではいえないでしょう。

 ただし、上記の場合、相続人間で対立状態がある状況です。このケースで❶の方法を選択し、相続人の相続税を相続財産から支出した場合、遺留分の解決が長引けばその間は本来相続人が負担すべき税額を超えた支出状態が継続することになる可能性がある上、他の相続人から更正請求についての協力を得られないなどの事態も想定されたと考えられます。そのように考えると、このケースに限って言えば、❶の方法は❷の方法と比較してリスクが高いといえるでしょう。❶を採用するのであれば、当該リスクの存在について十分に説明した上で相続人の同意を得て行う必要があります。  

 この説明を怠った場合、相続税申告手続を受任した税理士は、善管注意義務違反を問われる可能性があります(東京地判平成30年2月19日判タ1464号197頁)。