相続財産を売却した場合の譲渡所得課税は二重課税か

譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいいます(所得税法33条1項)。

譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益(キャピタル・ゲイン)を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものであるというのが判例です(最判47年12月26日民集26巻10号2083頁、最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁参照)。そして、所得税法上は、抽象的に発生している資産の増加益そのものが課税の対象となっているわけではなく、原則として、資産の譲渡により実現した所得が課税の対象とされています(最判平成18年4月20日集民220号141頁参照)。

相続により取得した資産に係る譲渡所得の課税に関し、所得税法60条1項1号は、居住者が贈与、相続(限定承認に係るものを除く。以下同じ。)又は遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く。以下同じ。)により取得した資産を譲渡した場合における譲渡所得の金額の計算については、その者が引き続き当該資産を所有していたものとみなす旨を定めています。これは、上記の譲渡所得課税の趣旨からすれば、贈与、相続又は遺贈であっても、当該資産についてその時における価額に相当する金額により譲渡があったものとみなして譲渡所得課税がされるべきところ(所得税法59条1項参照)、同法60条1項1号所定の贈与等にあっては、その時点では資産の増加益が具体的に顕在化しないため、その時点における譲渡所得課税について納税者の納得を得難いことから、これを留保し、その後受贈者等が資産を譲渡することによってその増加益が具体的に顕在化した時点において、これを清算して課税することとしたものであります。そして、同項の規定により、受贈者等の譲渡所得の金額の計算においては、贈与者等が当該資産を取得するのに要した費用が引き継がれ、課税を繰り延べられた贈与者等の資産の保有期間に係る増加益も含めて受贈者等に課税されることになります(平成17年最判参照)。


このように、相続により取得した資産に係る譲渡所得に対する課税は、①被相続人の保有期間中に抽象的に発生し蓄積された資産の増加益と②相続人の保有期間中に抽象的に発生し蓄積された資産の増加益とを合計し、これを所得として、その資産が後に譲渡された時点において、上記の所得が実現したものと取り扱って所得税の課税対象としているものであるということができます。

したがって、所得税法は、被相続人の保有期間中に抽象的に発生し蓄積された資産の増加益について、相続人が相続により取得した資産の経済的価値が相続発生時において相続人に対する相続税の課税対象となることとは別に、相続発生後にそれが譲渡された時において、相続人に対する所得税の課税対象となることを予定していると解されます。

そうすると、被相続人の保有期間に係る不動産の増加益部分につき相続税と所得税が二重に課されているようにも思えます。

この点、確かに、平成22年最判は、本件非課税規定について判示した部分において、非課税の対象を、「当該財産の取得によりその者に帰属する所得」とし、同所得とは、「当該財産の取得の時における価額に相当する経済的価値」であるとしていることからすると、二重課税と解する余地があるように思えます。

しかし、平成22年最判で問題とされた所得は、相続人が原始的に取得した生命保険金に係る年金受給権に係るものであるところ、この年金受給権は、それを取得した者において一時金による支払を選択することにより相続の開始時に所得を実現させることができ、その場合には本件非課税規定が適用されることとの均衡を重視して、平成22年最判は、年金による支払を選択した場合においても、年金受給権の金額を被相続人死亡時の現在価値に引き直した価額に相当する部分は、相続税法の課税対象となる経済的価値と同一のものということができるとして本件非課税規定の適用を認めたものと理解することができ、そうであるとすれば、年金による支払を選択した場合であっても、現在価値に引き直した価額に相当する部分については相続の開始時に実現した所得として取り扱っていると理解することができる。

これに対し、相続後の譲渡所得は、所得税法60条1項1号により、相続人が被相続人から承継取得した不動産を更に譲渡した際に実現するものと取り扱われるものであって、同号が存在する以上、単純承認をした相続人は、相続時点において被相続人の保有期間中に蓄積された増加益を実現させるという選択ができないという点で、平成22年最判で問題とされた所得とはその性質を異にします。

そして、平成22年最判の判示には、原審及び第1審の各判決の判示とは異なり、本件非課税規定が被相続人の死亡後に実現する所得に対する課税を許さない趣旨のものか否かという点に関する明示的な言及がなく、また、平成22年最判が是認することができないとした原審の判断の内容(平成22年最判の判示3の部分)には、その点に関する原審の判断部分が引用されていません。

これらの点からすると、平成22年最判は、本件非課税規定が、相続時には非課税所得とされた所得が後に実現するものと取り扱われて課税される場合の所得にも一般的に適用される旨を判示したものということはできないと解することができます。

また、相続人が被相続人から相続により取得した資産を譲渡した場合、当該資産の譲渡により相続人に帰属する所得は、①被相続人の保有期間中に抽象的に発生し蓄積された資産の増加益と②相続人の保有期間中に抽象的に発生し蓄積された資産の増加益とによって構成されますが、上記譲渡所得に対する所得税の課税対象となる被相続人の保有期間中の増加益は、被相続人の保有期間中にその意思によらない外部的条件の変化に基因する資産の値上がり益として抽象的に発生し蓄積された資産の増加益(被相続人がその資産を譲渡していれば被相続人に帰属すべき所得)が相続人によるその資産の譲渡により実現したものである。そうすると、被相続人の保有期間中の増加益に対する譲渡所得税の課税は、被相続人の下で実現しなかった値上がり益(被相続人固有の所得)への課税を相続人の下で行おうとするものであり、理論的には被相続人に帰属すべき所得として被相続人に課税されるべきものであるから、相続人が相続により取得した財産の経済的価値に対して二重に課税されることにはならないのではないかというのが裁判例の大勢です。